広島高等裁判所 昭和44年(わ)319号 決定 1969年12月24日
主文
本件異議申立を棄却する。
理由
本件異議申立の趣意は、記録編綴の弁護人樋口文男作成の異議申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は、本件控訴趣意書差出の通知は、昭和四四年一一月一日頃、被告人が広島拘置所において、これを受取つているが、弁護人が被告人から選任届を受取り、保釈請求をしたのは同月五日であり、従つて、原決定裁判所の控訴趣意書差出の通知は、弁護人に対してなされていない。被告人は、右の控訴趣意書差出の通知を受取つても、控訴審に関する知識、経験もなく、その意味が判らず、弁護人が万事手続をするものと期待し、且つ、保釈許可による出所等にとりまぎれて、右の通知を弁護人に連絡せず、弁護人は、未だ控訴趣意書差出の通知がないものと考えていたところ、原決定裁判所から控訴棄却の決定を受け、驚愕して、被告人から事情を聴取し、一件記録をも調べて、はじめて事情が判明したのである。結局、被告人が控訴審手続に関する知識を有しないために、かかる結果になつたのであるから、原決定を取消すのが相当である、というのである。
よつて、本件異議申立事件記録及び申立人に対する恐喝未遂被告事件記録を調査して検討するに、記録によれば、右被告事件について、第一審裁判所が昭和四四年九月二六日被告人に対して有罪判決の宣告をし、これに対して、申立人が同月二七日本件控訴を申し立てたこと、右被告事件について、申立人に対する控訴趣意書差出最終日が同年一一月三〇日と指定された旨の控訴趣意書差出最終日通知書と弁護人選任照会通知書とが一括して、同年一〇月三一日、原決定裁判所から、申立人の勾留されている監獄である広島拘置所の長を受送達者として、郵便による送達のため発送され、所轄郵便局配達員により同年一一月一日午前九時広島拘置所において、同拘置所事務員に交付されたこと、申立人は同拘置所においてこれら通知書の交付を受けたのち、同月四日樋口弁護士を弁護人として選任する旨の原決定裁判所宛の回答書を作成提出し、また同日弁護士樋口文男を弁護人として選任する旨の申立人及び同弁護士の連署のある弁護人選任届が原決定裁判所に提出受理され、前記弁護人選任回答書は同月五日同裁判所に受理されていること、同弁護人は同月四日同裁判所に対して申立人のために保釈請求をなし、同月五日同裁判所は右請求に対して保釈許可決定をなし、これにより、申立人は同日広島拘置所から釈放されていること、申立人及び弁護人が前記控訴趣意書差出最終日たる同年一一月三〇日を徒過したため、同裁判所は同年一二月一〇日刑訴法三八六条一項一号に則り、申立人の控訴を棄却する旨の決定をなし、右決定書の謄本はいずれも同日広島高等検察庁検察官及び弁護人に送達されたことがそれぞれ明らかである。
刑訴規則二三六条一項は、「控訴裁判所は、訴訟記録の送付を受けたときは、速かに控訴趣意書を差し出すべき最終日を指定してこれを控訴申立人に通知しなければならない。控訴申立人に弁護人があるときは、その通知は、弁護人にもこれをしなければならない。」と規定しているが、弁護人に右の通知をすることを要するのは、控訴申立人たる被告人に対する通知を発する時までに弁護人が選任されている場合をいうものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、申立人に対する右通知が発せられたのは昭和四四年一〇月三一日であり、その後同月四日に至つて弁護人が選任されたことは前述のとおりであつて、しかも右通知書が申立人に適法に送達されている以上、さらに右通知を発した後に選任された弁護人に対してこれを通知する必要はない。従つて、弁護人としては、申立人について右通知の有無を確めるか、あるいは、自ら記録の閲覧をするか、いずれかの方法により控訴趣意書差出最終日を知るべきものであり、本件において、右のいずれの方法にもよらなかつたため、弁護人が控訴趣意書差出最終日を知ることができず、ひいては、控訴趣意書差出期間を徒過する結果となつたのは、申立人及び弁護人の責に帰すべき事由によるものとして、そのことから生ずる申立人の受くべき不利益はやむを得ないものといわねばならない。してみれば、原決定裁判所が右と同一見解にたつてなした申立人の控訴を棄却する旨の決定は正当であり、本件申立は理由がない。
よつて刑訴法四二八条三項、四二六条一項に則り本件申立を棄却することとして、主文のとおり決定する。